執着


なにかを気にしていきるということは苦しい


わたしは、家族と、いきるということに執着していた


家族に愛されたくてもがいて、それもやめるために努力をやめた


何度も死のうと思って、何度か死のうとして、それをやめるために、きちんと生きようと思った


愛されるとかなんとかも、生きるとか死ぬとかも


考えても仕方のないことだった


普通の生活を送りたかった


寝て目覚めて、乱れない呼吸をして、おいしく食事をして、誰かを思ったり、思われたり、普通の


寝れなかったり、うまく起きれなかったり、過呼吸を起こしたり、食べれなかったり食べ過ぎたり吐いたり


誰かを求めることすらなかった


クラスの女の子みたいに、誰々がかっこいいけど先輩も気になるとか、言ってみたかったし、親にたいして悪態をつくとか、やってみたかった


そんなことしたら、終わるような家庭だったし、だれかを思う余裕なんてなかった


いろんなことへの執着をなくしたほうが、うまくいくことに気付いた

家族から愛される必要がないと思ったし、上手に生きようとしなくてもいいと思えるようになった


痩せたいけど、すごく痩せたいわけでもないから、今はこれでいいし

だれかが私を悪く言っても、そんなのどうせ他人だし

いま会ってしまっただけで、また離れる存在だから

大切だと感じられる人の言葉だけ大切にして、あとはゴミ箱に捨てていい

なにかを抱える必要なんてない


大丈夫、身軽でいい

なにも気にしなくていいよ

自分以外全員他人だから、わかり合えなくても悲しくない

わかり合えたとしたら本当に素晴らしいこと


またあしたはいい日になる

きれいな花でも眺めに行こうね

感情の整理


嫌なことが起こると、それを処理しようとする
細かくして片づけたり
嚙み砕いて飲み込んだり
全部消し去ったりする
もちろん感覚的にね


それでも処理できないときは、小さい箱に詰めて
隅っこに追いやって目に見えないようにする


そうなるとちゃんと処理できていないから
たとえば謝罪を受けても、またその箱を開けることで
感情がよみがえって取り乱してしまう


こんなときどうしたらいいのかはわからない
ただ、なぜ処理できなかったのかを突き詰めて考えると
過去の虐待に行きついてしまう
そして思うのは、相手が悪かっただけでなく
乗り越えられなかった自分の問題でもあったのだということ


つまり、乗り越えない限りまた同じように傷ついて
同じように隠す箱が増えて
それを開ける度に生きたくないだの死にたいだのという考えに囚われ
破壊行動や自傷行為をして
自分の愚かさを目の当たりにするんだろう


どうにか、乗り越えていかないと
過去にあったことは、私は悪くなかった
それでも、生きていくには辛すぎる
このままではいけない

諦めか優しさか


人と関わっていると、下に見られることが多い
仲よくなればなっただけ心無い言葉をかけられたりする
それをどうにかこらえて、嫌なことは伝えて
職場だとどうも会話をしないわけにもいかず会話をするようになる
そうすると優しいと言われたりする
私は優しいから許したのではない
諦めているだけだ


自分に対する諦め
他人に対する諦め
自分は大切に扱われることはないだろうという気持ちと
他人は人の気持ちを配慮することはできないだろうという気持ち


みんな自分が一番大切で
人の気持ちなんて考えていない
考えたとしてもごく近しい、大切な人だけだろう
それは私ではないし、そうなりたいとも思っていない


だから、諦めている


それをやさしさと思い違う
それでトラブルもあったけど、今更どうにもならない


わたしは大切な人にだけ向き合うし、大切な人だけ大切にする
あとの他人は取るに足らない存在で
言動も行動も、気に留める必要などない